山アジサイ ― 2011/06/07 07:33
庭の、山アジサイが咲いています
梅雨のこの季節、その清涼感は
心が癒やされます
アジサイといえば、「花の色変わり」は不思議ですね
去年までは青い花だったはずなのに、今年は赤い花・・・
同じ株から、違った色の花が・・・
これは、アントシアニンというアジサイにある物質とアルミニウムにより
色が決まってくるからだそうです
アルミニウムが吸収されると青色になり、吸収されないと赤色になるそうです
具体的には、土壌が酸性だとアルミニウムが吸収されやすい状態で青色となり
中性やアルカリ性では吸収されにくく赤色となるそうです
同じ株なのに花色が違うのは、それぞれの根の張っているところの土壌に違いがあるからと思われます
アジサイの花言葉は
花色の変化から 「移り気」 「心変わり」などなど
あまり印象はよくないですね
でも
「一家だんらん」 「家族の結びつき」を象徴する花でもあるというひともいるそうです
これからの季節、私たちの心を癒し、楽しませてくれる花です
梅雨のこの季節、その清涼感は
心が癒やされます
アジサイといえば、「花の色変わり」は不思議ですね
去年までは青い花だったはずなのに、今年は赤い花・・・
同じ株から、違った色の花が・・・
これは、アントシアニンというアジサイにある物質とアルミニウムにより
色が決まってくるからだそうです
アルミニウムが吸収されると青色になり、吸収されないと赤色になるそうです
具体的には、土壌が酸性だとアルミニウムが吸収されやすい状態で青色となり
中性やアルカリ性では吸収されにくく赤色となるそうです
同じ株なのに花色が違うのは、それぞれの根の張っているところの土壌に違いがあるからと思われます
アジサイの花言葉は
花色の変化から 「移り気」 「心変わり」などなど
あまり印象はよくないですね
でも
「一家だんらん」 「家族の結びつき」を象徴する花でもあるというひともいるそうです
これからの季節、私たちの心を癒し、楽しませてくれる花です
飯田市 ― 2011/06/08 22:22
飯田市へ行ってきました
現在、新城市では
「新城市自治基本条例」制定に向け、
「新城市基本条例検討会議」が設置されています
その委員となり、4年前に施行された先進の飯田市視察となったわけです
30才代~70才代(?)の男女、総勢30名程度で新城市のバスでの道中でしたが
明るい方々が多いのには驚きました
自治基本条例は
市民(住民/外国人、法人も含む+市内で活動している人・団体)が
参加、協同して町づくりをしていくための
各種条例の上位に位置する、「町の憲法」というものです
市政の中で、市民が直接発言する機会を保証し、民意を政策に反映
行政活動を市に任せるばかりでなく
市民の参加・協同のなかからの町づくりを目指します
全国の自治体の一割程度で制定されたようですが、
制定にあたり、その趣旨から議員と対立することも多いようです
飯田市では、その議員自らが中心となり「飯田市自治基本条例」を作ったため
全国から注目されているようです
飯田市で64年前(昭和22年)に生れ根付いた「ムトス」(・・・しようとする)の精神
が、行政、議会、市民の三位一体で進める土壌となっているようです
現在、新城市では
「新城市自治基本条例」制定に向け、
「新城市基本条例検討会議」が設置されています
その委員となり、4年前に施行された先進の飯田市視察となったわけです
30才代~70才代(?)の男女、総勢30名程度で新城市のバスでの道中でしたが
明るい方々が多いのには驚きました
自治基本条例は
市民(住民/外国人、法人も含む+市内で活動している人・団体)が
参加、協同して町づくりをしていくための
各種条例の上位に位置する、「町の憲法」というものです
市政の中で、市民が直接発言する機会を保証し、民意を政策に反映
行政活動を市に任せるばかりでなく
市民の参加・協同のなかからの町づくりを目指します
全国の自治体の一割程度で制定されたようですが、
制定にあたり、その趣旨から議員と対立することも多いようです
飯田市では、その議員自らが中心となり「飯田市自治基本条例」を作ったため
全国から注目されているようです
飯田市で64年前(昭和22年)に生れ根付いた「ムトス」(・・・しようとする)の精神
が、行政、議会、市民の三位一体で進める土壌となっているようです
街の中心部にある りんご並木です
昭和22年にあった大火で80%が焼失されたなか
地元の中学生が荒廃した地域を復興しようと提案し
リンゴの木が植えられました
飯田市の、参加・協同のまちづくりの原点がそこにあるそうです
今でも、これらのリンゴの手入れは中学生がやっているそうで
毎年、多くの実を付けますが
実を盗っていくふとどき者は皆無だそうです
昭和22年にあった大火で80%が焼失されたなか
地元の中学生が荒廃した地域を復興しようと提案し
リンゴの木が植えられました
飯田市の、参加・協同のまちづくりの原点がそこにあるそうです
今でも、これらのリンゴの手入れは中学生がやっているそうで
毎年、多くの実を付けますが
実を盗っていくふとどき者は皆無だそうです